A

A
Persona / HIRAO ENDO

B

B
Ambiguity. / HIRAO ENDO

C

C
Visage / HIRAO ENDO

D

D
Persona. / HIRAO ENDO

E

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Untitled / HIRAO ENDO

F

F
Gaze stare me / HIRAO ENDO

G

G
Head / HIRAO ENDO

I

I
Persona / HIRAO ENDO

J

J
抽象化へ向かう分裂した顔 / HIRAO ENDO

K

K
三様の王 / 遠藤平雄

L

L
Meditation

2008/08/20

分節化した身体としての顔たち

肖像画の歴史はまさに自己存在と他者の葛藤のなかで、鏡に映る自己の顔を認識して以来、ナルシシズムと残酷性を反復している。人は幾重にもペルソナの仮面を被り、群衆という重層的他者へ消え去る。社会的記号として変換を強いられる身体としての顔。おぞましき鏡像段階体験を経て、狂おしい存在の時間で、身体という分節された顔が不条理で果てない時間を彷徨っている。死への不安とエロス的欲望の狭間で、この生きものは奇妙奇天烈なマゾヒスティクな運動を繰り返す。この地上に産み落とされ自己同一性を強いられる生きものが顔なる領域を極めて観念的に形状、容態を描写する。身体醜形障害に過剰な欲望が駄々をこねる。瞬間瞬間がすでに過去へ消え去り、痕跡だけが化石のように、創造という無数の屍が意識のなかで生起し、存在するこの主体の領域に散乱している。顔という分節化した対象を描くことの不気味さにおののくばかりである。多くの画家たちが描いてきた顔の視線は画家そのものの未来への意志であり生の不安でもある。具象、抽象を超えた官能的形状が現前にうごめいているのだが・・。圧倒的な西欧的スタイルのなかで悶々としている日本的なものを、この二階建て精神構造の荒れ地に残された時間の中で発見しなければならないのだが。そして頭部から私と対他者の身体全体をどう描くか。屁理屈を言って迷ってる場合ではない。

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